岩井研(超高速分光研究室) Home


研究テーマ

1. 有機伝導体
1-a) フェムト秒中赤外分光による光誘起絶縁体-金属転移の探索
1-b) 赤外10 fsパルス(数サイクルパルス)の発生と光誘起相転移初期過程の解明
1-c) テラヘルツ分光法による光誘起絶縁体ー金属転移の研究
1-d) テラヘルツ分光法による電子誘電体の高速電荷揺らぎの研究
1-e) 圧力下における光誘起相転移の研究
2. 遷移金属酸化物
2-a) テラヘルツ分光によるぺロブスカイト型コバルト酸化物のスピン転移の研究
2-b) テラヘルツ分光によるマルチフェロイッック酸化物の研究

1. 有機伝導体(BEDT-TTF塩)

1-a) フェムト秒中赤外分光による光誘起絶縁体-金属転移の研究

i) 電荷秩序系;

[bis(ethylenedithiolo)]-tetrathiafulvalene(BEDT-TTF)をドナーとする2:1の二次元錯体(BEDT-TTF)2X (Xは、対陰イオン)は、BEDT-TTF分子あたりの平均価数+0.5(正孔描像)で、1/4フィリング、電子描像では3/4フィリング)の金属的な電子配置をもちます。この錯体は、BEDT-TTF分子の二次元配列が異なるさまざまなポリタイプを持ちますが、α型、θ型と呼ばれる配置をもつ物質では、しばしば、低温で電荷秩序(CO)と呼ばれる絶縁体を形成します。このCO状態は、長距離クーロン斥力によって電荷の運動が凍結し、図のように、分子の積層軸方向に向かって、電荷が1,0,1,0....と並んだウィグナー結晶に類似の状態と考えることができます。このような二次元有機結晶の電荷秩序をフェムト秒パルス光によって瞬時に融解した直後の電子と格子のダイナミクスを時間分解能〜200 fsの中赤外ポンププローブ分光によって明らかにします。 (分子科学研究所、山本薫博士、薬師久弥教授との共同研究)

図1-1:電荷秩序系二次元有機導体の分子配置の模式図
図1-1:電荷秩序系二次元有機導体の分子配置の模式図

図1-2:光照射による電荷秩序融解の模式図
図1-2:光照射による電荷秩序融解の模式図

ii) ダイマーモット系;

α型、θ型が、電荷秩序を示すのに対し、κ型の(BEDT-TTF)2Xでは、平均価数+0.5(1/4フィリング)のBEDT-TTF分子二つが対(二量体)を作ることによって、二量体をあたりの平均価数は、+1(1/2フィリング)になります。このとき、二量体を1サイトとするオンサイトクーロン斥力によって、電子の運動は凍結します。この状態は、ダイマー(二量体)形成によるモット絶縁体なので、ダイマーモット絶縁体と呼ばれています。κ型の(BEDT-TTF)2Xは、化学圧力を用いたバンド幅制御が広範に行われ、二次元銅酸化物に類似の、「モット絶縁体-金属-超伝導」相図が観測されています。モット絶縁体と金属、超伝導の一次転移線は、リエントラント(転移線近傍の圧力において、温度上昇に対し、絶縁体→金属→絶縁体いう変化を示す)な変化を示すという特徴が知られています。この一次転移線近傍においては、通常のモット絶縁体とは異なるさまざまな光誘起現象が期待されています。このような、ダイマーモット絶縁体における光誘起相転移を、中赤外ポンププローブ分光によって調べます。 (金属材料研究所、佐々木准教授との共同研究)

図1-3:ダイマーモット絶縁体における光誘起絶縁体金属転移の模式図
図1-3:ダイマーモット絶縁体における光誘起絶縁体金属転移の模式図

1-b) 赤外10 fs パルスの発生の光誘起相転移初期過程の解明

赤外10 fs極短パルス(数サイクルパルス)光源を開発し、光誘起相転移の初期過程(電子分極が、如何にして相転移へつながるのか?)の解明を行います。有機伝導体の物性を支配する電子の運動や分子の振動は、20 -40 fsの時間スケールでおこる超高速現象です。しかし、その詳細は、従来の実験では時間分解能(~200 fs)の中に、隠されていました。本研究では、電荷秩序系、ダイマーモット系などの代表的な有機伝導体において、光励起状態と、分子内振動や分子間振動との相互作用を実時間軸上で観測し、光誘起絶縁体金属転移の初期過程を解明します。光誘起相転移の主要な電子、振動のモードを明らかにすることによって、コヒーレント制御への道を拓きます。

図1-4:赤外3サイクルパルス(パルス幅12 fs)を発生する広帯域パラメトリック増幅器
図1-4:赤外3サイクルパルス(パルス幅12 fs)を発生する広帯域パラメトリック増幅器

図1-5:電荷秩序系有機伝導体α-(BEDT-TTF)2I3において観測された光誘起反射率変化の振動成分の振動数−時間の関係を示すスペクトログラム
図1-5:電荷秩序系有機伝導体α-(BEDT-TTF)2I3において観測された光誘起反射率変化の振動成分の振動数−時間の関係を示すスペクトログラム

1-c) テラヘルツ分光法による光誘起絶縁体ー金属転移の研究

強相関電子系における絶縁体から金属への電子状態の変化は、きわめて劇的なものなので、可視光から中赤外光領域の広い波長範囲で観測できます。しかし、局在(絶縁体)から非局在(金属)の狭間にある低エネルギー電子状態を捉えるためには、テラヘルツ光領域(meV-数十meV)を調べるのが直接的な方法です。我々は、テラヘルツ時間領域分光法や、近赤外光励起ーテラヘルツプローブ分光法によって、有機導体の電子状態や、光誘起相転移のダイナミクスを調べます。また、熱的な転移による金属状態と、光照射によってできる金属状態の違いを明らかにし、光照射のみによってできる新しい電子状態の可能性を探索します。(分子科学研究所、山本薫博士、薬師久弥教授との共同研究)

図1-6:近赤外励起−テラヘルツプローブ分光の測定装置
図1-6:近赤外励起−テラヘルツプローブ分光の測定装置

図1-7:近赤外励起−テラヘルツプローブ分光によって測定された、微視的金属ドメインと巨視的金属ドメインの過渡スペクトル(0.1 ps)
図1-7:近赤外励起−テラヘルツプローブ分光によって測定された、微視的金属ドメインと巨視的金属ドメインの過渡スペクトル(0.1 ps)

1-d) テラヘルツ時間領域分光法による電子誘電体の研究

ダイマーモット絶縁体κ-(BEDT-TTF)2Cu2(CN)3は、スピン液体状態を示すことで知られていますが、最近、ダイマー内の電荷の不均化による双極子が、”双極子グラス”状態を作り、リラクサー的な低周波誘電率の異常を示すことが注目されています。この誘電異常は、格子変位によるものではなく、クーロン反発による電子的な相互作用による効果であること考えられています。我々は、そのような”電子誘電性”の特徴である高速な揺らぎをテラヘルツ分光によって捉える。 (金属材料研究所、佐々木准教授との共同研究)

図1-7:κ-(BEDT-TTF))2Cu2(CN)3の電子状態の模式図
図1-8:κ-(BEDT-TTF))2Cu2(CN)3の電子状態の模式図

1-e) 圧力下における光誘起相転移の研究

圧力の印加は、サイト間のトランスファー(t)を効果的に変化させることが出来るため、強相関電子系における物質相の制御(絶縁体ー金属ー超伝導転移)の方法として広範に用いられています。特に、有機物は、”やわらかい”ため、比較的低圧でも、物性が大きく変化することが知られています。我々は、この方法を、超高速赤外分光と組み合わせ、光誘起相転移の圧力効果を調べています。常圧下では、観測できない、新しい光誘起物質相の発見が可能になることが期待されます。また、物質の種類を変えることなく物質パラメータを系統的に変化させることによって、光誘起相転移の機構解明が容易になります。

図1-9: 静水圧下におけるフェムト秒分光
図1-9: 静水圧下におけるフェムト秒分光

2: 遷移金属酸化物

2-a) テラヘルツ分光によるぺロブスカイト型コバルト酸化物のスピン転移の研究

ぺロブスカイト型遷移金属酸化物LaCoO3は、0.1-0.2 eVの光学ギャップを持つ電荷移動型絶縁体です。約530Kで金属状態へのクロスオーバーを示しますが、より低温(100K)でS=0の低スピンからS=1あるいはS=2へスピン転移を起こすことが知られています。この物質では、Co 3d軌道の結晶場分裂 10 Dqとフント結合エネルギー Kが拮抗しているため、eg-t2g軌道準位間の遷移エネルギーは、10-15 meV程度となる。スピン状態はeg-t2gの電子配置によって決まるので(S=0(t2g6)、S=1(t2g5eg1)、S=2(t2g4eg2))、THz分光を用いることによって、スピン転移の様子を直接的に観測することが可能となる。我々は、光励起−THzプローブ分光によって光スピン転移のダイナミクスを捉えます。また、高強度THz光によって軌道準位を共鳴励起することによってTHz光誘起スピン転移を起こす。(多元物質科学研究所 有馬孝尚教授との共同研究)

図2-1: LaCoO3の結晶構造
図2-1: LaCoO3の結晶構造

図2-2: LaCoO3の電子状態
図2-2: LaCoO3の電子状態

2-b) テラヘルツ分光によるマルチフェロイック酸化物の研究

層状構造を持つ遷移金属酸化物LuFeO4は、330 K、170 Kでそれぞれ電荷秩序と磁気秩序を示すマルチフェロイック物質です。この物質はまた、低周波誘電率測定や、共鳴X線散乱の結果から、電荷秩序による強誘電性(電子強誘電性)が大きな注目を集めています。我々は、テラヘルツ分光、テラヘルツポンププローブ分光によって、低エネルギー電荷ダイナミクスと磁気秩序の結合や電子強誘電の高速応答を明らかにします。(岡山大理学研究科 池田直教授との共同研究)

図2-3: LuFe2O4におけるFe二重層の模式図
図2-3: LuFe2O4におけるFe二重層の模式図。a) 電荷秩序が起きていない時、各Feサイトの(平均)価数は+2.5。b) 電荷秩序が起きると、価数+2及び+3のFeサイトが規則的に並ぶ。