岩井研(超高速分光研究室) Home

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1) 超短パルスレーザー+強強相関電子系 → ?
2) 光誘起相転移のダイナミクスとコヒーレント制御
3) 光で金属を創る :動的価数制御とバンド幅制御 
4) なぜ有機物なのか?
5) そして何をめざすのか?

1) 超短パルスレーザー+強相関電子系 → ?

かつては少数の専門家しか扱うことのできなかった超短パルスレーザーを用いた時間分解分光が,光物性の中心的かつ汎用的な手法のひとつとして広範に用いられるようになっています. 超短パルスレーザー分光によって行なわれた、III-V 族および II-VI 族半導体やそのナノ構造に関する光物性研究が、光励起状態のコヒーレンスに起因する非線形光学応答の物理を発展させたことはよく知られています[1]. そこで得られた多くの結果は, 現在の光エレクトロニクスの最先端技術へと繋がっています. 一方、高温超伝導が発見されて以来強相関電子系への関心が高まり, 価数制御やバンド幅制御によるその電子物性の多彩な変化に対する理解が深まってきました. このような背景のもと,強相関電子系に超短パルスレーザー分光を適用し, 新しい光機能性の開拓を目指すのはごく自然な流れと言えます.従来の半導体には見られない新規な光機能性を求め, 現在も精力的な研究が進められています. 電子の集団的な運動によって支配される巨視的な電子物性を,光によってマニピュレートする新しい光物性が,強相関電子系を舞台として確立されることが期待されています

2) 光誘起相転移の超高速ダイナミクスとコヒーレント制御

絶縁体-金属-超伝導あるいは強磁性体-常磁性体といった異なる物質相が,ひとつの物質系で現れることが, 強相関電子系物質の魅力です[2][3]. 遷移金属酸化物や有機物質では, 電子間のクーロン斥力によるエネルギーが,電子の運動エネルギーと拮抗しているため, 電子は,局在(秩序)と非局在(無秩序)の狭間にあります. 超短パルスレーザーを用いた光誘起絶縁体-金属転移は, 光励起状態を介して, モット絶縁体や電荷秩序などの電子の秩序状態を, 過渡的に融解するダイナミックな光誘起現象です. 電子の秩序は, 磁気秩序や超伝導と競合していることも多いため,その光融解は, 新たな秩序の再構築をも期待させます. しかし, そのような凍結した電子の融解によってつくられる光誘起”金属”状態は,多くの場合寿命が短く, その電子的, 熱力学的な性質はよくわかっていません. 我々のグループでは,超短パルスレーザーを用いて,光誘起相転移の超高速スナップショットによってこれらの問題を明らかにし,新しい物質相の光創成を目指します.


図1 光誘起絶縁体−金属転移の模式図


図2 強相関電子系における電荷の光融解

光で、電子物性を制御するという概念は, 1980年代の前半に既に提唱[3]され,その後90年代前半には, いくつかの物質で実際に観測されていました[4]. しかし, 光誘起相転移のダイナミクスに関する研究が大きく展開したのは, この十年の出来事です. その理由は, 1)高温超伝導や巨大磁気抵抗効果の研究の過程で, 3d遷移金属酸化物をはじめとする強相関電子系の物質開発が進んだこと,および 2)超短パルスレーザーの 出力, 同調性や安定性が飛躍的に向上したことによって,超高速分光法が本格的な物性測定/制御の手段として確立したことです. 現在では、可視分光のほか、中赤外、遠赤外(テラヘルツ)分光や, x線構造解や光電子分光など 様々な時間分解測定によって強相関電子系における「電荷,スピン, 格子」の非平衡ダイナミクスの解明を目指した研究が精力的に行われています[5].

私たちの研究グループでは, 強相関電子系(主に有機物)を対象に,光誘起相転移の超高速ダイナミクスを,中赤外、テラヘルツポンププローブ分光や, それらをさらに圧力,磁場などの外場と組み合わせた新しい手法によっ て明らかにしていきます. また, フェムト秒パルス列の逐次励起によって、光誘起相転移のダイナミクスの制御(コヒーレント制御)にも取り組んでいます(図3). これまでに,従来の半導体や反金属における研究で は観測されなかった格子振動の振幅が非線形に増大する現象を見出しています[6, 7]. この現象は, グラスに 共鳴振動数の音波を当て続けると,次第に定在波の振幅が増大し, ついには, 弾性限界を超えて割れてしまう現象にもたとえることができます(図3). このような格子振動振幅の増大によって,テラヘルツ波の発生や, 光誘起転移の効率の向上が期待できます.    


図3 コヒーレント制御の概念図

3) 光で金属を創る− 動的価数制御とバンド幅制御

強相関電子系においては, 電子同士の強い反発力によって,しばしば電子が”凍結”し, 動けなくなって絶縁体になります. これは, バンド絶縁体においては, 伝導電子がそもそもいないのとは異なった状況です. 遷移金属酸化物や有機伝導体では, キャリアドーピング(構成原子の一部を価数の異なる原子で置換することによって電子数の過不足をつくる手法)によって価数を制御したり,バンド幅(電子の動きやすさ)を制御して, 電子の凍結を融解し, 絶縁体を金属へ,さらに超伝導体へと転移させることができます. こういった価数やバンド幅の制御は, 元素置換や圧力印加などの静的な手法によって行われて来ましたが,光励起によってダイナミックに行うこともできます. 我々は, いくつかの遷移金属錯体や酸化物, 有機半導体において,光キャリアドープによって過渡的な金属状態を創ることに成功しています[8-10]. このようなフェムト秒パルス光による,動的な価数制御, バンド幅制御は, 超高速スイッチングデバイスの動作原理として期待されています.

4) なぜ有機物なのか?

これまで, 強相電子系における光誘起相転移の研究は,遷移金属酸化物などの無機物質を中心にすすめられて来ました. 一方, プラスティックエレクトロニクスに代表されるように,ぐにゃぐにゃに曲げられる, 環境にやさしいなど, 無機物デバイスとは異なった特徴を持つ有機デバイスが最近注目を集めています. 有機物質における光誘起相転移の研究は, 超高速有機光デバイスへの可能性を開きます. 固体物理の観点から見た有機物質の特徴は, 狭いバンド幅と, 強い電子格子相互作用です. このことは, 物性物理学の中心的な立役者である電子相関と,電子格子相互作用がともに重要な役割を果たすことを意味します. 実際,多くの有機物質において, モット転移、電荷秩序、パイエルス/スピンパイエルス転移など, 様々な興味ある現象が観測されています[11]. ごく最近、一部の有機物質において、電場や光に対して、巨大且つ極めて非線形性の強い応答が観測され, これらの系が, 外部刺激に対して電子的にも構造的にも”やわらかい”ことが示されています[9,12-15]. このような性質は, 光誘起相転移の研究対象として,遷移金属酸化物に勝るとも劣らない魅力的なものです. 例えば、典型的な有機伝導体において観測される電荷秩序やダイマーモット絶縁体においては,電子相関による電荷の局在と, 特定の格子振動モードが非常に巧妙に連動しています. そのような系では, 上で述べたような振動のコヒーレント制御によって,電子状態をも大きく変化させることが可能になると期待できます.


図5 二次元有機伝導体の模式図(左)と分子の秤動運動(右)

*有機伝導体における光誘起相転移の研究は、光絶縁体−金属スイッチング原理の開発という観点のほかに,基礎研究の立場からもいくつかの利点をもちます. これらの物質は, そもそも, 有機物超伝導体の実現を目指した広範かつ徹底的な物質開発,探索が行われる段階で見出されたものです. 物質の次元性や,絶縁体−金属転移の起こりやすさ(転移温度)、転移の際の構造変化の度合いなど,相転移に関するさまざまな性質が異なる物質群が系統的に開発されています. これらの物質群を用いることによって, 光誘起絶縁体金属転移の支配要因を効果的に解き明かすことができると期待できます. もうひとつの利点は, これらの物質の電子的な性質を決めている電子相関(U,V)や,分子間の電子トランスファ−(t)のエネルギースケールが,ちょうど, 現在我々が,用いているフェムト秒パルスの時間幅(10fs-100fs)に対応していることです. 酸化物などの無機物の場合には, U,V,tなどのエネルギーは,約一桁大きいエネルギーを持ちます. これでは,本質的な相互作用を反映した現象は,速すぎて見ることができません. 有機物では, 電子相関や, 電子のトランスファーなどの相互作用を,「変数分離」して見ることも可能となります.

5) そして何をめざすのか?

光誘起価数制御やバンド幅制御によって絶縁体−金属転移が可能なことには,重要な意味があります. なぜなら,モット絶縁体や電荷秩序などの強相関絶縁体の近傍には、しばしば超伝導相があり,価数制御やバンド幅制御によって超伝導への転移が起こるからです.私たちは,モット絶縁体/電荷秩序−金属相図のどこかに,光誘起超伝導への入り口をとく鍵があると考えています.テラヘルツプローブ分光により, 光誘起金属状態の電子的性質を明らかにし,さらには, 光誘起超伝導の可能性を探索します.

参考文献

[1] J. Shah, Ultrfast spectroscopy of semiconductors and semiconductor nanostructures, Springer, Berlin 1999.
[2] 特集「強相関係の金属−絶縁体転移」、日本物理学会誌、54, 79 (1999) など.
[3] 小林浩一、「光で絶縁体を金属にできるか」、固体物理特集号 エキゾティックメタルズ、253 (1983).
[4] Koshihara, Tokura et al., Phys. Rev. B 42, 6853 (1990), Phys. Rev. Lett. 68, 1148(1992).
[5] Special topics on Photo-Induced Phase transitions and their Dynamics, J. Phys. Soc. Jpn. 75, 011001 and refrences therein.;
Iwai, Okamoto, Tokura et al., Phys. Rev. Lett. 88, 057402 (2002).
[6] Iwai, Okamoto, Tokura et al., Phys. Rev. Lett., 96, 057403 (2006).
[7] Yonemitsu, J. Phys. Soc. Jpn. 73, 2887 (2004).
[8] Iwai, Okamoto et al., Phys. Rev. Lett. 91, 057401 (2003).; 固体物理 38, 677 (2003).
[9] Iwai, Yamamoto et al., Phys. Rev. Lett. 98, 097402 (2007).; 岩井伸一郎、日本物理学会誌、63,362 (2007).
[10] Kawakami, Iwai et al. Phys. Rev. Lett. 103, 066403 (2009).
[11] 鹿児島誠一、低次元導体 衣華房、 Ishiguro, Yamaji, Saito, Organic Superconductors, Springer など
[12] Sawano, Terasaki et al., Nature 437, 522 (2005).
[13] Tajima, Kato et al., J. Phys. Soc. Jpn. 74, 511 (2005).
[14] Chollet, Koshihara et al., Science 307, 86 (2005).
[15] Okamoto et al. Phys. Rev. Lett. 96, 037405 (2006).